ジェントルマンの歴史(バリー・リンドン)

ジェントルマンの歴史

騎士道とジェントルマン

1772年 ジョージ3世はベンジャミン・ウェストに『騎士バイヤール』を描くよう依頼。

今や脅かされていると思えるものの源泉として、中世を理想化したい気持ちに駆られた。

城は権威と伝統の象徴と見なされるようになり、イングランド、アイルランド、スコットランドなどで築城ブームが始まる。

騎士道にまつわる品々は、大広間と階段に飾られた。
中世の大広間には、すぐに使えるように武具や鎧を吊るしておくのが普通の習慣であった。ただし、これらの武具は大抵中世ではなく、17世紀のものだったらしい。

イングランドで記録に残る最初の甲冑の競売が、1789年にクリスティーズで行われた。
1817年、三大コレクションがロンドンに集まる。

ディグピーによれば騎士道に適ったものの印となる美徳の数々には、

神への信仰と信頼、
寛大、
高潔な名誉、
独立心、
友人や指導者への忠誠、
大胆さ、
礼節、
謙遜、
慈愛、
女性尊重である。

『名誉のブロード石』1828-9年ケルネム・ディグピー卿

騎士道とジェントルマン―ヴィクトリア朝社会精神史より

「騎士道精神とは、人を英雄的かつ寛大な行動へと駆り立て、知的で道徳的な社会において崇高かつ美しいものすべてに親しませる心の状態、もしくはその精神一般に冠せられた名称に過ぎない。
保守的な主義主張とは縁がないので、この精神は人生の後半生においてより若い時期に大きな影響を与えるであろう。英雄的な時代が常に国家の歴史の最も古い時代に相当するように、人生の最初の段階にある若者は、各個人の英雄的もしくは騎士道的時代と考えられるであろう。
想像力を豊かにし、悲しい時にはロマンティックな想いにふけって気持ちを和らげる強みを享受せずに成長してしまった者ほど不幸な者はいない。
少年と若者は皆、心情的にも感情的にも騎士であり、本質的に騎士の申し子である。
円熟に達する、あるいは達するであろう若者がいる限り、また若さに満ちた生命が死に絶え、その源も永遠に枯渇してしまうまでは、高貴なる騎士道精神はこれまで存在してきたように、またこれからも存在し続けるに違いない。」
『名誉のブロード石』1828-9年ケルネム・ディグピー卿

17世紀または20世紀においても誇らしげにジェントリマンを自認する人々が騎士道的情熱と呼べるような精神で、既存の精神の擁護ではなくその根本的な改革に乗り出たのであった。・・

ほとんどの場合、この変革は「民主主義」の語で表現されるあらゆるもの、つまり労働組合や普通選挙権、・・宗教によらない教育を支持することだった。
結局のところ、ジェントルマンが利己心や自分の階級の利益を顧みず、労働者の諸権利のために闘うことこそが、最も騎士道的であったからである。

騎士道とジェントルマン―ヴィクトリア朝社会精神史より

「・・えり抜かれ、次第に世襲制の騎士階級となった人々のために徐々に発展した行動規範。・・戦いに含まれる残忍さを和らげようとしたのである。・・

理想的な騎士は、勇敢で忠誠を尽くし、ことばに偽りなく、礼儀正しく寛大で、慈悲深い。・・

一般に認められた(これらの)行動規範を遵守できないことは不名誉を意味し、汚名を蒙るくらいなら騎士は死を選んだ。・・

騎士の多くは特定の女性に奉仕を捧げた。その女性は必ずしも妻ではなく、・・通常妻以外の女性であった。」

騎士道的な愛というのは、この点でいうと純粋なものというよりも実際、不倫の関係であることが多かったようだ。

「中世の騎士はしばしば残忍であり、気短で、自己中心的であった。しかしそれにもかかわらず、やはり理想は存在したし、その価値も認められていたのである。」

騎士道とジェントルマン―ヴィクトリア朝社会精神史より

バリー・リンドンに見るジェントルマン


『バリー・リンドンBarry Lyndon』
原作”The Luck of Barry Lyndon”(William Makepeace Thackeray 1844年)
監督スタンリー・キューブリック
18世紀ジョージ3世の時代、七年戦争に参加したアイルランド生まれのレドモンド・バリーの半生を描いた物語。主人公には実在のモデルがあったようだ。
The Luck of Barry Lyndon is a picaresque novel by William Makepeace Thackeray, first published as a serial in Fraser’s Magazine in 1844, about a member of the Irish gentry trying to become a member of the English aristocracy. Thackeray, who based the novel on the life and exploits of the Anglo-Irish rake and fortune-hunter Andrew Robinson Stoney, later reissued it under the title The Memoirs of Barry Lyndon, Esq.

主人公のLuck(運)がラッキーだったのか、アンラッキーだったのかは本人が想うところだが、当時の「ジェントルマン」日本語訳は「紳士」ですが本国イギリスではちょっと違って身分の意味合いが強い。
貴族のワンランク下に位置していて、当時愛を捧げる相手の多くは貴族の妻であったことから、貴族階級への憧れが容易に見て取れる。
バリーは一目惚れの女性(貴族リンドンの妻)との結婚を果たしたのだからジェントルマンの理想を叶えたと言うべきだろう。
しかしせっかくの亡夫の遺産を増やすどころか浪費するだけだったのだから成長した長男(リンドンの実子)が割って入るのも当然。
館を追われて不幸な晩年を過ごした・・という話。

物語はジョージ3世の時代なので、ブランメルと知己の間柄のジョージ4世は次の世代だ。
社交界で憧れの対象だったダンディ創始者ジョージ・ブライアン・ブランメルはただのジェントルマンでも貴族でもなく、美の判者と言われた存在だった。